等々力
抜群の目利きで魚を売る、世田谷区民の台所
有限会社魚辰 (うおたつ) 代表取締役 大武 浩さん
魚の品質にこだわるなら、魚辰へ!
東急大井町線の尾山台駅からすぐの場所に、地元住民の台所「尾山台いちば」がある。その一番奥にお店を構える「魚辰」は、3代目店主・大武浩さん(53歳)の目利きで熱心なファンを集める老舗の鮮魚店である。従業員3人、家族4人で経営するこの店には、夕方にもなると、晩ごはんの魚を求めてたくさんの人がやってくる。
店名の由来は、大武さんの祖父・辰男さんに由来する。鮮魚店で奉公したのち、昭和13(1938)年に独立。現在の三菱UFJ銀行尾山台支店の位置で、鮮魚店のほか、寿司屋や蕎麦屋なども経営していたという。魚一本に絞ったのは終戦直後の昭和20(1945)年で、尾山台いちばのビル改築に合わせて現在地に店を構えた。
大武さんの一日は早い。早朝5時には豊洲の市場に足を運び、魚を仕入れる。ここまでなら、都内の鮮魚店が行うことだが、大武さんは豊洲だけではなく全国の市場から魚を買い求めている。活用しているのが、LINEやSNSだ。
「僕は全国にネットワークを持っていますので、LINEで同業者と情報交換をして、『これは!』と思う魚があれば、仕入れをお願いするんです。たとえば、鹿児島からはスジアラ、福岡からはクエ、チャイロマルハタなど、豊洲では見かけない魚を仕入れるようにしています」
目の届く範囲で顧客を大切にした経営を
若者の魚離れが叫ばれることがあるが、魚辰ではその影響は少ない。むしろ、長引くコロナ禍によって自宅で過ごす時間ができ、料理にチャレンジする人が増えているそうだ。いわゆる“料理男子”の買い物客も見かけるようになったという。
「Instagramの効果も大きく、魚の品質にこだわる方からの問い合わせが後を絶ちません」と、大武さん。
しかし、業界全体の未来は、決して明るいとはいえない。都内でも鮮魚店が年に10~20件というスピードで減少している。そんな中で、「魚辰の2号店をつくってほしい」という要望は、各地から寄せられるそうだ。しかし、大武さんは「店を大きくしたいという想いはないんです。店を人に任せたくなくて、自分の目が届く範囲内で売ろうと考えています」と話す。
鮮魚店の活性化のためには、なにはともあれ、魚好きを増やすこと。大武さんは、地域の子どもたちに魚を好きになってほしいと願っている。そこで、尾山台中学校など3校から職場体験を受け入れたり、保育園ではなんと魚の解体ショーまで行っている。「昨年も保育園にブリを持っていき、その場でさばきました。さばいた魚はそのまま給食になるんです。解体しながら、子どもから魚に関する質問攻めを受けますし、『鮭の鱗は身体を守るためにある』といったようなトリビアも披露します。いわば、食育の一環ですね」。子どもたちははじめにワッと驚くものの、興味深く、目を輝かせながら見入るそうだ。 大武さんが店を継いで、30年以上の歳月が過ぎた。大武さんがもっとも心配するのは、水産資源の枯渇である。乱獲によってウナギの絶滅が危惧されているというニュースは記憶に新しいが、事実、漁獲量が年々減少しているのが悩みの種という。「日本の食卓には、いつも魚が上っていてほしい」と願う大武さん。水産資源の保護は、日本はもちろん、国際社会全体で取り組むべき課題といえよう。
「美味しかった」のひと言が一番嬉しい
実は、大武さんには意外すぎる一面がある。子どもの頃は家族で唯一の魚嫌いだったそうだ。その後、家業を継ぐために努力して克服していったというが、そうした経験が仕事に生きている。大武さんにとって、顧客の要望に全力で応えるのがモットーだ。たとえば、「魚嫌いの子どもにおすすめする魚は?」という質問には、魚嫌いだった自身の経験をもとにアドバイスをする。「今日の夕食は煮魚を作りたいのだけれど……」という相談には、相手の好みや入荷状況をもとにおすすめするのだ。大武さんのLINEには、顧客からのメッセージが頻繁に届き、その一つひとつに丁寧に返信していく。顧客の意見が、仕事のヒントになることもしばしばあるという。
「先日仕入れたスジアラは、買っていただいた方から、再入荷のリクエストがありました。自分が仕入れた魚に『美味しかった!』と言ってもらえると、お店冥利に尽きます」
魚は種類が豊富である。多い日では、店頭には50種類もの魚が並び、目移りするほどだ。しかし、専門家のような幅広い知識があれば別だが、一般人が聞いたこともない名前の魚を買うのは勇気が要る。美味しそうだなと思っても、調理方法がわからないため、買うのを迷ってしまうことも多いのではないだろうか。そんな人のために、魚辰には専任のアドバイザーがいる。26歳になる娘の美咲さんだ。
「娘は、魚の食べ方のアドバイスに積極的に乗ってくれます。美術館で広報をしていましたが、退職し今年の春からお店に立っています。明るい性格なので、常連さんとの相性もいい。子どもの頃から店を手伝ってもらっているので、魚の知識も豊富なんですよ」
魚辰では、それぞれのスタッフが得意なことに全力投球している。そうしたプロフェッショナルの精神が、顧客の満足度につながっている。社員と家族の見事なチームワークが、魚辰を支える宝なのだ。
- DATA
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有限会社魚辰 (うおたつ)
所在地:世田谷区等々力4-1-1
主な事業:小売業
連絡先:03-3701-1702
営業時間:10:00~18:30
定休日:日曜
- 推薦者
- 世田谷区商店街連合会青年部 栗山 和久